
わが国の古武道は、日本民族の歴史の中に伝統として生き続け、古人達によって育まれて現在に継承されてきた貴重な文化遺産であります。
当流は柔術を根幹とし、剣術、居合術も有する総合武術の流儀であります。江戸時代、全国に伝播しましたが、当家は流祖関口柔心以来約四百年間、創流の地和歌山で一子相伝により流儀を護持してまいりました。また、多数の伝書や武具が残されており、江戸時代の業をそのままに伝承しております。
なぜ平和な現代に前近代的な武術でしょうか。ますます国際化する社会にあって、日本人として対応していくために、先人の残した文化を学び、武術の稽古をすることは、精神的・身体的高揚に最適であると思います。
試合で勝負を争うのではないため、老若男女・武道やスポーツの経験のない人でも修業できる武道であります。古武道や関口新心流という伝統文化に少しでも興味を持っていただければ幸甚に存じます。
関口新心流は江戸時代の初めに、駿河(現在の静岡県)の今川家一門である関口柔心が全国を武者修行の末に編み出した武術であり、柔術・剣術・居合術の三術を根幹としている総合武術です。
「柔らかな力の使い方」を原理に、物に応じて逆らわない心と体のあり方を本体とする『柔』による技術を体系化し、関口新心流を創始しました。その後、紀州徳川家(現在の和歌山県付近)の祖・徳川頼宜公によって召抱えられ、紀州藩御流儀として現在まで400年にわたって伝承されてきました。
江戸時代には全国に広がりを見せ、江戸時代の三大流派として名を知られるようになりました。関口新心流の技は様々な流派に影響を与えるとともに、肥後(現在の熊本県)の関口流居合術(抜刀術)のように当流の影響を受けた流派が各地で誕生し、今なお存在しています。
『柔』『柔術』と言う言葉を初めて使った流派でもあり、故に関口柔心は柔術の祖とも言われています。また古武道のみならず現代柔道にて用いられる『受け身』を生み出した流派としても知られています。
氏心が日々の研究・鍛錬の末に辿り着いた事は「柔らかな力の使い方」と言うことでした。 物に応じて逆らわない心と体のあり方を説くとともに、この「柔」を根本として捕手・組討ち技術の解明と再編成を行い、 自らの技術体系を「柔による技術」と呼びました。
また、その日々の研究・鍛錬の中で、儒書 大学の一節の「まことに日に新た、また日日に新たに、また日に新たなり」と言う語に共感を覚え、武芸向上は日々新たな心により生まれるとして、流名に「新心」を用いました。
技術の理合いを「柔」と言う言葉で表すと共に、志を示す「新心」の言葉を使い『新心流』と称しました。しかし、一般的には関口氏心の始めた柔術の意から「関口流」あるいは「関口新心流」と呼ばれています。